一から学ぶブッダの教え-生きている人の苦を減らす-

全く何も知らないところからブッダの説いた苦を減らす教えを学んでいくブログです。

その事に傾く(人生には楽しいこともある、は執着の原因)

 前回は五蘊の中の特に喜びの受について学びました。これは重要な事なのでもう少しこの事について見ていきたいと思います。
 ブッダはある事について考えていると、その方向に心がどんどん傾くと言っています。例えば他者を恨んだり、復讐したり、加害する様な事を考え続ければ、心はどんどんその様な方向に傾いて行き、他者を害したいと考える様になります。しかしこう言う考えは自他共にあらゆる害があるので、好ましくありません。
 逆に何をされても他者を恨まず、復讐せず、加害しない事を考え続ければ、心はどんどんその様な方向に傾きます。ブッダはこう言う考えから生じる害は何も見えなかったと言っています。
 人間は興味を持つ対象に応じて考えが傾いて行く性質があるのです。従って喜びの受に満足すると、その受をまた味わいたいと思う様になり、もう一度もう一度とどんどんそれを求める方向に考えが傾いて行きます。本質的にアルコール中毒とか、麻薬中毒ギャンブル依存症と同じです。
 この様な考えは強い執着を生む原因です。もし喜びの受が永遠に続く様な実体のあるものなら、もう一度もう一度、と考える必要はないのです。しかし受は当然無常ですから、それこそ瞬く間に失われます。また味わいたくなるので何度も求める羽目になります。これが正に苦の原因であり、以前説明した輪廻です。
 輪廻は肉体の死後の事だけだと考えるのは大変な勘違いです。ブッダの説いた縁起(原因と結果、因果)では、生まれた後死ぬときに苦が生じるとあります。身体が死ぬときしか苦が生じないなら一度だけのことです。大した問題ではないと思いませんか?しかし、実際に観察される様に苦は生きている間にそれこそ何千何万回と生じます。肉体が生きている間に何度も輪廻するからです。
 最初の方に説明した苦の話で、「生きていて楽しいこともある」と言う反論があるのではと話しました。まさにこの楽しい事に執着するのが苦の原因なのです。煩悩の無い考え方、つまり第一義諦が見えたとき初めてこの理屈が明らかに見えます。智慧の高い人ならいきなり心から納得出来なくても、何となく正しい理屈だと思えるかもしれません。
 身勝手、わがまま、自分の都合、所有と言った煩悩が減ってきて、世の中を正しく見られる様になったときこの話が完全な真理である事が見えるはずです。そこに向けて少しずつ上記の身勝手などを減らして行きましょう。